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陽の照りながら雪の降る

私たちの心がすでに知っている より美しい世界に向かって

陽の照りながら雪の降る


「私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにして来てしまった。
心がこの場所に追いつくまで、私たちはしばらくここで待っているのです。」
ーシェルパの言葉 星野道夫 「旅をする木」より

 四季に例えるならば、過去2千年ほど、特に産業革命からの時代は「夏」を最大化し、「冬」を最小化する流れだったと言っていいかもしれない。夏を最大化することで、私たちは様々な発見をし、科学やITの発展を手にすることが出来た。しかし、同時に核兵器や現在の環境問題を含め、人間社会に新たな問題がもたらされることにもなった。日本ではバブル終焉期に「24時間戦えますか?」のCMが抗議されることなく普通に流れ、コンビニエンスストアの24時間営業に何の疑問も持たれなかった時がその最大化された夏のピークだったのかもしれないが、その流れはまだまだ力強い。最近のコンビニの営業時間短縮の動きや少年野球の球数制限は、過剰な夏に侵入されていている冬の聖域を取り戻す動きだと言っていい。「不眠症」を同じメタファーで捉えるならば、それは冬の領域に無理やり引き延ばされた夏が侵入している事による症状と言っていいだろう。そして、「睡眠薬」は過剰な「夏」の土壌によって作り出された「やや不自然な冬」をもたらすものと言えなくもない。本当の冬を失い、不自然な冬もなかったら致命的なので、「睡眠薬」の存在を責めているわけではないが。 

 
 私たちに今最も必要なのは、「夏」が引き延ばされていくことで生じて来た諸々の問題が、さらに「夏」を引き延ばすことでは解決出来ないと気づくことである。そして、「冬」が「夏」の敵ではないと気づかなくてはならないし、抗うつ剤やポジティブシンキングやさらなる忙しさなどで「冬」を抑え込もうとするやり方が短期的には有効でも、中長期的には根本的な解決にはならないとそろそろ気づかなくてはならない。そもそも、「冬」や他の季節を経ない、もしくはそれらが最小化した場合の夏は持続的ではないし、本来の輝きを失っている。土地が肥沃さを保つためには、休ませる時間がどうしても必要になる。スローダウンし、立ち止まることで「春」を迎え入れる「冬」の知恵の復活こそが私たちの希望だ。「冬」は長い間、「夏」にとっての内助の功なのであり、もっと本質的には、性質は違えど同じ量のパワーを持った同等のパートナーなのである。私たちは二百年か、それ以上の時間をかけて、すっかり「冬」の価値、知恵、その在り方を忘れ去ろうとしてしまっているが、忘れているだけでまだそれを思い出すことが出来るうえに、まだ時間は残されている。そして、幸いにも日本には「冬」の知恵、自然のサイクルと共に生きる知恵やからくりがまだ数多く残されていて、少なくとも無意識にそれらの影響を受けている。これは「冬」に限らないことだけれど、対象物が意識化されることで、それらのパワーと輝きは増す。ただし、「冬」に顔を向けることは、それに覆いかぶされているゴミ、産廃、消化されていない感情やトラウマなどに出くわすことでもあるので、ある程度の覚悟は必要になる。 

 
 それが良い性質を持った変化が予見されるとしても、意図的な変化はあくまで緩やかな変化が望ましい。長い間、暗闇に閉じ込められていた人を急に陽光や蛍光灯の元にさらすのは賢明ではない。ということで、私たち、特に都会で生まれ育った人には、この時代に生まれたことで程度の違いはあれど、半ば強制的に「夏中毒及び冬欠乏症を伴う自然サイクルからの解離」に罹患させられていることを自覚し、緩やかな優しいリハビリ生活に入り、幸福感を少しずつでも取り戻していくことをお勧めしたい。大事なことは、ライフスタイルや住居など自分のコントロールの範囲内で「小さい冬」(「小さい秋」でもいいかもしれないが)を増やすことから始めることである。以下、いくつかお勧めの初級編のリハビリメニューを紹介する。


ー少しでも長く、身体に優しい時間・オフの時間を与える。風呂に1分だけでも長く浸かるなど。

ー寝るスペースを「冬」が力を取り戻すための最初の聖域とする。具体的には、携帯などの電化製品をそのスペースに出来れば置かない。さらに、就寝時はWi-Fiを切るなど。私たちの多くは、少なくとも軽度のインターネット中毒なので、これを実行するとある程度の禁断症状が出ることは予想していただきたい。

ー誰かと一緒にこんまりメソッドを試す。「冬」の一つの大事な機能は、活動期での収穫、学びや経験を立ち止まって消化吸収、統合することにある。ただ、長年の「夏中毒」の余波で、私たちにはある程度集中的に消化の時間、断捨離の時間を取る必要がある。今の時代に、「冬」に独りで入っていくのはなかなか大変なので、時間を30分だけとかしっかり決めて、「(出来れば冬の在り方をある程度知っている)誰かと一緒に」という所がポイントであることにも留意していただきたい。

ーもっと「女子会」的なものをやる。あれはおそらく無駄な時間や生産性のない時間なのではなくて、他愛のないことを話し合ったり、ただ楽しい時間を共有して、不平不満をシェアしたりすることで絆を深め、お互いの感情の消化・吸収を助けあっているのだと思う。ちなみに、アルコールが入ると本音率は増すかもしれないが、消化吸収率は下がると推測される。もっと世の中に必要なのはシラフの「男子会」なのかもしれないけれど、これはまだまだちょっとハードルが高い。

ー旧暦を意識してみる。明治6年(1873年)より使われている西暦(グレゴリオ暦)は太陽の動きに基づいていて作られているのに対し、旧暦(太陰太陽暦)は月の満ち欠けをもとに、太陽の動きを加味してつくられている。本来、太陽は朝に光をもたらし、夜に闇の中に帰っていくので、「死と再生」「光と闇」の両極を象徴するものであったが、準太陽とでも言える火、そして、電気の発明が決定的になって太陽と闇との親密な関係は段々とおぼろげになったと推測される。月の満ち欠けを意識することは自然のサイクルを取り戻す助けになる。最初は、新月を静かな始まりの時・午前零時、満月をエネルギーが最も満ちている時・正午みたいに意識するだけで十分。何らかのエネルギーが高まりで、実際に満月の日は犯罪率や交通事故率、不眠率などが高いらしい。

ーiPhoneユーザーであれば、「Night Shift」を活用する。そして、お使いのコンピューターにはf.luxをインストールしていただく。これらを使用することで睡眠リズムを乱す可能性があるブルーライトを減らすことが出来る。参考:https://dekiru.net/article/14133/

 最後に、今年鬼籍に入られた孤高の日本画家堀文子先生の言葉でこのエッセイを締めくくりたい。


「どうして人間に「冬眠」という素晴らしい能力を神からいただけなかったのか。行きづまったら、冬眠する。そうすれば無駄な喧嘩も競争もしなくていい。人間は冬眠できないから永遠に戦い続けている。医学が進歩すればするほど、便利な生活になればなるほど、人間が生物としての自然を失って、ついには脳が衰えて、いずれ人類は滅びるのではないかと思います。私たちは自然の生き物であることを忘れて人間がいちばん偉いと思っているからおかしくなるんです。」
「堀文子の言葉 ひとりで生きる」より